『秘密』

 

 自分が人より少し遅いことはわかっていた。クラスメートがオナニーがどうの、と笑い話をする横で、自分はなんの興味も持てなかった。ある時、友達が兄弟からこっそりAVを拝借したと言って、みんなで観賞会をした。初めて目の当たりにするセックスにみんなは興奮したが、俺はなんだか他人事みたいに見てた。ただ、舌を絡め合う深いキスを見て、「兄ちゃんもあんなことするのかな」とだけ思った。

 

(なのに、なんでこんなことになってんだよ〜!)

 

 俺は夜中の洗面所でひとり、絶望的な気持ちで下着を洗う。ベッドの中で違和感を覚え起き上がると、下着の中が濡れていた。そう、夢精したのだ。

 夢の中で、何かすごく気持ちいいことをしたのは覚えている。けどやっぱり自分が女の人とエッチなことをする、なんて想像出来ない。だからなんで自分が、という思いの方が強かった。

 

「二葉? こんな夜中にどうした?」

「え!?」

 

 みんな寝ているはずだと思っていたから、口から心臓が飛び出るくらい驚いた。いつの間に一階に降りてきたのか、兄ちゃんが洗面所を覗いて目を丸くしている。すぐに俺の手元を見て、何があったか理解したようだった。

 

「洗ったら、絞って洗濯機に入れておいて。明日の朝は僕が洗濯機を回すから、心配しなくていいよ」

 

 いつも通り優しい兄ちゃんの前で、俺は恥ずかしく死んでしまいそうだった。半分泣きそうな顔で俯く俺の頬に、兄ちゃんがキスをする。

 

「初めてだったんだね。怖かった?」

「怖くは……ないけど、なんか悪いことしたみたいで……」

「気持ちいいことは悪いことじゃないよ。それに、その内自分で処理しなきゃならなくなるし……」

 

 歯切れの悪い言葉に、首を傾げる。

 

「処理?」

「二葉は自慰って、わかるか?」

 

 そのくらいは俺にだってわかる。小学生だって知ってる。

 

「オナニーでしょ。みんなやってる」

「うん、二葉はそれ、自分で出来るようにならないと

 

 

 言われて俺は、やっぱり絶望的な気持ちになった。そんな面倒くさいことをしなくちゃいけないのか……。

 出来ないというのはしゃくだった。けど、そう言うのも恥ずかしい。

 

「したくない」

「うーん、しないで済むならいいけど、今日みたいにまた夢精しちゃうかもしれないよ」

 

 それだけは、死んでも嫌だった。こんな恥ずかしい思いはもう二度としたくない。

 俺が唇を噛みしめていると、兄ちゃんが何か考えるような顔をして言う。

 

「練習、してみる?」

「え……?」

 

 兄ちゃんの部屋は、大きな本棚があるくらいで物が少ない。俺の部屋みたいに漫画はなくて、それが兄ちゃんらしくてカッコいい。

 そして俺は、ベッドに腰かける兄ちゃんの膝の間にいた。最近では母さんがうるさいからあまりやらないけど、俺は兄ちゃんとくっついていられるから、こうしているのは好きだ。

 でも、俺は今下に何も履いていない。兄ちゃんと一緒に風呂に入ることはあるけれど、これは状況が違いすぎて恥ずかしい。しかも、兄ちゃんの手が俺のを握っている。

 

「兄ちゃん、やだ……」

「気持ちよくない? もっと優しくした方がいい? ねえ、二葉、教えて

 

 

 違う、気持ちよすぎて痛い。兄ちゃんの繊細な指が上下する度に、俺の下半身がずくずくと疼いた。

 

「ぅ……あ……っ、や……んっ」

 

 何かすがるものが欲しくて、兄ちゃんを見上げる。すると兄ちゃんも、潤んだような瞳で俺を見ていた。

 

「二葉」

 

 何かを求めるような、確かめるような響き。兄ちゃんの唇の動きを見て、ふいに俺はあのAVのことを思い出す。舌を絡ませ合う深い口付け。互いの口に伝う唾液の糸。

 

(キス、したい)

 

 俺の中に湧き上がる衝動。兄ちゃんにキスされることを想像するだけで、俺はあっという間に達していた。

 

「ごめ、兄ちゃん、手……」

「いいよ、二葉は何もしなくて」

 

 兄ちゃんの手を汚してしまったことに罪悪感を感じる。でも兄ちゃんはまた俺の頬にキスをすると、何でもないようにティッシュで拭いてしまった。

 兄ちゃんの唇が触れた頬がじんじんする。こんなキスは普段からするけど、もちろん口にキスなんてしたことはない。俺だって、まさか家族でそんなことを出来るとは思っていない。おかしいことだってわかってる。でも……。

 俺は確かに想像していた。この綺麗な人に、口付けることを。

 

(夢の中でなら、出来るのかな)

 

 そう思って自己嫌悪に陥る。いくら夢の中でも、兄ちゃんを汚すようなことをしちゃいけない。兄ちゃんは優しいから俺のすることをなんでも許してくれるけど、きっと俺がそんなことを言ったら困るだろうし、もしかしたら怒るかもしれない。そうだ、こんなことを思っているなんて、絶対に知られないようにしなければ。

 

「二葉、これからは自分で出来るようにならなくちゃダメだよ。でも……二葉が不安なら、お兄ちゃんしてあげるから安心して」

「本当に!?」

 

 勢い込んで俺が聞くと、兄ちゃんはしょうがないな、というように笑う。

 

「うん、したい時はお兄ちゃんに言うんだよ。……でもこのことは僕と二葉の秘密だからね」

 

 俺はコクコクと頷いた。ギュッと兄ちゃんの胸にしがみつくと、優しく背中を撫でてくれる。自慰をする時だけは、兄ちゃんを独占してもいいんだ。それはこの上もなく幸せなことに思えた。

 

「兄ちゃん、大好き」

「僕もだよ、可愛い二葉。愛してる」

 

 兄ちゃんが、俺の兄ちゃんでよかった。俺は兄ちゃんの腕の中で、甘い余韻に浸っていた。

 

END